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空調機器の更新をきっかけに長寿命化を見据えた大規模改修へ

飯田市立病院

病棟の全館改修のきっかけとなったのは、各病室に備わるファンコイルユニットの更新要望でした。その空調機器を天井カセット型に更新するためには相応の改修が必要となることが分かり、病棟の診療科再編も含めた大規模な改修がスタートしました。
6階東病棟は小児科他7診療科が使う混合病棟。廊下には子供の気持ちに寄り添った図案があしらわれた壁紙が用いられている。

地域の健康を支えて信頼の医療を実践

飯田市は長野県内で最も南に位置する市であり、県内第5位の人口約9万5千人が暮らしています。そんな飯田市の医療における中核を担うのが飯田市立病院です。昭和26年の開設以来飯田市はもちろん下伊那地域住民の健康を支え続けてきました。32の診療科目と407の病床を擁し、地域医療支援病院、災害拠点病院、地域がん診療連携拠点病院などさまざまな指定を受け、急性期に対応した高度な医療を提供しています。病院の基本理念は「地域の皆さんの健康を支え、信頼される医療を実践」すること。地域住民の高齢化によって刻々と変容する診療科の需要にもフレキシブルな対応を行い、常に地域の医療に貢献しようとする姿勢が特徴です。

病床数の平準化も視野に改修

平成4年に竣工した病院の建物は、老朽化に対応した設備の更改など、必要に応じて規模の小さな改修工事が繰り返されてきました。2018年末から始まった改修工事も、始まりは病室の窓際に設置されたファンコイルユニット(空調機器)を撤去し、天井カセット型に更新するだけの予定でした。しかしファンコイルユニットを天井カセット型に改修するためには、配管のやり換えなど大がかりな工事が必要になることがあきらかになります。そこで病室の内装や個室のトイレ整備なども含めた病棟全体に及ぶ大規模な改修工事に方針を変更し、病棟ごとにばらつきのあった稼働病床数の平均化と長寿命化を見据えた改修が行われることになりました。 工事は以前の改修により空いていた4階東病棟からスタートしました。区画を区切って工事を進め、終わり次第隣接する病棟を順次移設する方法で工事は進められました。並行して病床数平準化のための病棟再編も行われました。これは病棟ごとに担当する診療科を見直し、それまでばらつきがあった稼働病床数を48床以下に平準化することを企図しています。 建物の長寿命化については、患者、家族に親しみやすく快適かつ安全なものとすることを第一に、効率的かつ効果的にリニューアル。前述の空調機器を天井カセット型に更新したことを始め、壁クロスや床のビニルシートを貼り替え、照明はLED化して省電力化されています。廊下やスタッフステーションも明るく温かな雰囲気に更新されました。

5階東病棟スタッフステーション。カウンター壁面に木目調のシートがあしらわれた。
内部の什器も無機質なものから木製の温かみのあるものに変更されている。
今回の改修によって明るくモダンな雰囲気になった特別室。
4床室。ファンコイルユニットの空調吹き出し口が天井に備わる。中央窓側には手洗いがあり、一処置一手洗いの励行ができる。

庶務課
施設係長 今村光弘さん

飯田市立病院
看護師 矢澤悦子さん

大規模改修工事のきっかけ

今村 実は計画があって始まった大規模改修ではありません。飯田市立病院でも地域包括ケアの運用が開始されました。そこで地域包括ケア病棟への改修に、かねてから苦情の多かったファンコイルユニットの更新をしようとしたところ、天井に手を加えることになり改修の規模が大きくなることに。それならば、と要望を集めてできることを一挙に改修することにしました。

今村 また、病床数の平準化を行うために病棟に割り振る診療科の再編も並行して行いました。というのも、診療科それぞれの患者数が年々変わっていくからです。周辺人口の構成年齢が高齢化しているため、診療科利用の多寡に変化が出ます。病床数もその変化に合わせることが必要ですし、診療科によっては入院日数が少なく、看護も軽度で済む科もあります。病棟再編はそうした診療科の性質も勘案して行われます。

狭いブースとタイル床を排して介助のしやすいトイレへ

病棟平面図(改修後)
集中トイレはブースの数が最適化されて介助に適した広いスペースと、扉は引き戸に改修された。スタッフステーションに隣接する トイレは車いす対応でオストメイト配慮設備も装備されている。

 

    集中トイレ    

6階西病棟集中トイレ(男子)。改修前は小さなブースが3つ並んでいたため介助しづらい環境だった。床材は点滴キャスターを入れづらく、水洗いが必要なタイル。
改修後は広めブース2つになり、扉も引き戸に改められた。床材はシート床材に変更されている。
改修前のトイレブース。狭いため介護がしにくく、タイル床は患者も使いにくくメンテナンスの負担も大きかった。
身体状況に応じて使用できるよう、左右勝手違いを設けている。引き戸の採用で介助もしやすい。壁クロスは明るい雰囲気に改められ、床も点滴台の通行が容易なシート材に改められた。

    共用トイレ    

スタッフステーションに隣接する病棟共用トイレは要望の多かった車いす対応トイレに改修。介助ができる広いスペースが確保され、便器にはトイレ離座検知システムが装備されました。利用者が便座から立ち上がったり、長時間座っていると離座センサーが検知し、ナースコールでスタッフに通知するので、これまでのように看護スタッフがトイレに付きっきりにならず、他の仕事をしていても安心と好評です。

スタッフステーションに併設されていた処置室に便器を配置して車いすに対応するバリアフリートイレとして使っていた。
内装を改修し、離座センサー専用の温水洗浄便座と前方ボードを設置したオストメイト対応のバリアフリートイレを新たに導入。介助のための十分な空間が確保されており、看護スタッフが常に付き添う必要がなく、効率的に時間を活用できる使いやすいトイレとなっている。
オストメイトに配慮しお湯の出る水栓と汚物流しが設置されている。
自立度の高い患者の需要にこたえるシャワールーム。

 

改修設計のコンセプトは?

今村 患者さんが使いやすい、職員が使いやすいということがメインです。働き方改革の視点でいえば、職員の一つひとつの業務に必要な拘束時間をどれだけ短くするかということも大切です。トイレの離座センサーなどはそれに資するものですし、個室へベッドサイド水洗トイレを採用したのも看護師の介助の作業量を減らしたいという思いからでした。どちらも患者さんにとってのメリットがありますし、同時に職員のメリットにもなるわけです。そういう意味でもこの改修でトイレは重視したポイントでした。

今村 病棟の使い方が診療科によって違うので、それに合わせて水まわりを形にしていきました。一例をあげれば、診察室のあるなしとか、自立度の低い患者さんがメインの病棟はトイレが近くにほしい、逆に自立度の高い病棟はシャワールームがほしいとか、そういうことです。最終的にトイレはだいたい同じ数にしたのですが、整形外科のように若く自立度の高い患者さんもいる病棟では、浴室がひとつでは足りないということで二つ作ったりしています。自立度の低い患者さんがいる病棟では、トイレも職員の介助が必要になるので、できるだけ病室やスタッフステーションから近いトイレがほしいという要望もありました。以前はスタッフステーションに隣接した処置室に無理やり便器を置いて、パーティションで区切っただけというトイレがあったのですが、そういうものをきちんとトイレとして使えるように整備したところもあります。

シンプルな構造の便器とシートの床で清掃性を向上

今村 実はトイレって色々なものが流されてしまいます。だから詰まりなどが発生した時にその便器だけで、できるだけ短時間で解決できる方がいい。それで配管がシンプルなタンク式で掃除口付きの便器を採用しています。あとは、トイレの床はタイルではなくシートに改めました。タイルだと清掃で水を流さないといけないし、点滴台を持った患者が移動しにくい。細かい凹凸ですがつまずきの原因にもなりえます。メンテナンスの担当者に聞いてもタイルだけはやめてくれ、ということでした。

トイレ付個室以外すべての個室にベッドサイド水洗トイレの配管を

    個室トイレ    

あわせて行われた水まわりの改修で目をひくのは個室すべてにベッドサイド水洗トイレの配管が施されたこと(一部既存トイレを改修した個室もあり)。個室にはもともとトイレが設置されていたところもありましたが、急性期の患者が入室するスタッフステーション近くの個室に不必要にトイレがあったり、逆に病状が安定した患者が入室する病室にはトイレがなかったりと、実際の病棟運用にはそぐわない状況になっていました。特に急性期や自立度の低い患者が入室する病室にトイレがあるせいでベッドまわりが非常に狭く使いにくい状況が生じており、トイレ撤去の要望が出されていました。 ちなみにベッドサイド水洗トイレは、事前配管された壁面のコネクタにフレキシブルな給排水菅と電源を接続して使う設置場所が自在なトイレで、設置と撤去が簡単なうえ、水洗式なのでにおいや汚物処理の作業負荷が軽減されることが特徴です。また、配管径が20φと通常の1/3以下であることから、コア抜きや配管作業が低減され工期も短くすみます。竣工当初は試験的に病棟ごとに2台導入しましたが、実際に利用した病棟から追加の要望が相次ぎ、現在は全部で30台以上が稼働しています。

改修前の個室。
改修後の個室。脱着できるベッドサイド水洗トイレが設置された様子。
ベッドのすぐそばにトイレを設置できるため、患者がラクに移動できる。トイレへの移動介助・見守りなど、介助者側の負担も緩和される。

 

配管工事の短縮化も図れたベッドサイド水洗トイレ

今村 スタッフステーションから近い病室は、自立度の低い患者さんが入室するのでトイレの介助をする必要があります。逆に自立度の高い患者さんの個室はスタッフステーションから離れた場所にあり、こちらにはトイレがついていた方がいい。改修前はこれとは逆の状態になっていたので、作り付けトイレのない個室にはすべてベッドサイド水洗トイレ用の事前配管を行いました。実はベッドサイド水洗トイレの存在については以前から知っていました。ショールームで配管の仕組みまでチェックしていて、コストが下がったら使ってみたいとも思っていたのです。事前配管さえしておけば、必要に応じて便器の脱着ができるうえ、のちにブースを加えれば簡単に個室トイレにもなるところがいい。また、ポータブルトイレと違って温水洗浄便座もつきますし、使用後は流せるので看護師が汚物を持って移動したり洗浄したりする負担がないという点も評価できました。最初は各病棟2台ずつ、12台くらいあればいいだろうと思っていたのですが、非常に評判がよく、追加の要望が相次いで現時点で30台+αが稼働しています。 通常のトイレだと配管が75㎜なのでコア抜きで100㎜程度の工事が必要ですが、ベッドサイド水洗トイレでは配管が50㎜、コア抜きは60㎜でもいけるのでコア抜きの工事量が全然違います。また配管は作業スペースの狭い天井裏を通すので、細くなるほど配管作業の負担が減ります。今回は改修工事ですから、工事期間を短縮させるためにも配管作業の簡便さはとても重要でした。

看護師スタッフ・設備管理者コメント

患者さんの身体の状態に合わせて応じられる

矢澤 ベッドサイド水洗トイレの運用は、ベッド周囲に医療機器を置きたい場合はトイレを外し、いざ自立された方がトイレを使えるようになった時に設置しています。ポータブルトイレより座位が安定し、衛生的でより良い環境を提供できています。

みつばクリーンのみなさん
(中央監視室24時間駐在委託管理業者)
※取付け~移動やメンテナンス対応

倉庫へはほとんど戻すことはなく、病室から病室への移動が基本で、ほぼ毎日作業が入ります。以前、連続で呼ばれた時は移動が大変でした。
病室内では、患者さんのご要望の場所へ設置することを心掛けています。

内装材や空調設備の選定で気を付けたこと

今村 内装材については安くて長もちすること。また、次の改修で更新しやすいことを考えます。たとえば今まで病室の壁は塗装だったのですが、改修しやすさを考えてクロスに変更しました。設備は10年程度持てばいいという考え方です。古くなるとどうしても汚れて、交換の要望が入ります。それなら汚くなる前に交換できるものの方がいいと考えます。

今村 空調については、うちはファンコイル式で冷温水を回して送風する方式なので構造としては単純です。ただ、構造上どうしても結露が生じます。今回の改修のきっかけともなったファンコイルユニットの交換も、床置きの装置にカビが生えて見た目が悪いという苦情が相次いだからでした。そこで装置は天井に埋め込むタイプに変更したわけです。

機器の更新によるランニングコストの変化

今村 きちんとデータを取ったわけではないのですが、電気については2020年から照明器具をLED化することで消費量を削減し契約電力も下げられました。水も節水型の機器に更新したことで洗浄水量や吐水量が変わり、消費量は減っています。また、空調についても以下に述べるような運用の適切化を図っています。まず、院内の空気や温熱環境は空調設備によって最適に保たれていて、変化が少ないほど負荷は減ります。ところが、朝イチに換気したがる人がどうしても多いのです。今回のコロナ禍もその傾向を強める要因でした。外気を採り入れれば空調の負荷が増えます。これを防ぐべく窓開けを抑制するのが大変でした。また、病室ごとについている換気扇も感染症が発生した時と臭気が強いときだけに限って使うことが前提です。換気扇を一斉に回されると、窓開けと同じように外気の流入を招いて空調の負荷が高まります。こうしたことを周知して、空調効率を上げることで燃料(重油)消費量を削減することができました。

工期を短くするために、病院一丸となって患者をケア

工事期間は騒音を気にせず工事に集中することで工期を短縮

今村 大規模改修には空き病棟がないと工事を始められません。タイミングのいいことに空いているところがあって、そこから始めて次へとつないでいけば工事が回せるんじゃないか、と始めたのが今回の改修です。計画は走りながら決めていきました。工事をしながら要望を入れ込んで設計を詰めていく、そんな感じでした。

今村 今回の改修は、4階東から始めて4階西、3階東という順で工事を進めるのではなく、病棟再編を併せて進めたので、手術の多い外科や整形を3階に移動させ、4階は地域包括ケア病棟、5階、6階は東と西をセットにした病棟を入れたいということで位置を決め、どこが空いてくるかという順で工事の順序も決まっていきました。診療科によって病棟のレイアウトも変わるので、階下の工事をしている時に上階の詳細をできるだけ詰めて、天井裏を先行して配管工事することで工期の短縮と効率化を図りました。

今村 騒音や粉じん対策については、工事エリアを明確に分けることが第一。施工者と病院スタッフや患者さんの動線を交錯させないようにしました。資材の搬入・搬出は土日に行い、工事関係者の上下移動の動線は業務用エレベーターに限定しました。動線さえ分離できれば工事区域の中は自由にできます。4階東、最初の工事のときには人が入り乱れて効率的でなかった動作が、慣れるにつれて効率化されスムーズに進行するようになりました。同じ職人さんが出入りすることで効率が上がったのだと思います。

今村 RC躯体にかかわる工事については病院一丸となって覚悟を決め、入院患者さんにお詫びしながら進めるしかありませんでした。騒音については耳栓を配ったり、院長先生が直々に患者さんに事情を説明しながらお詫びに回ったりしていました。工事の期間を決めたらその間は騒音は気にせず工事を止めないようにして、できるだけ短期間で終わらせることを心掛けました。以前の改修で30分工事して30分休憩というプログラムで進めたのですが、その分期間が長引いてしまいました。同じ工程をやるとすると、連続で工事すれば2日で終わるところ、30分断続の工事だと6日かかる感じです。働く人も集中して作業に当たれるので工期は短くできたと思います。

今村 粉じんやニオイについては、エリア分けして工事区域内で外に排気することを徹底しました。逆に言えば他にとれる手段がありませんでした。

コロナをきっかけに病院設計が変わる

今村 環境を考えるきっかけになりました。病棟の陰圧・陽圧の使い分けとか、今まで気にしていなかった人が気にするようになったり、エリア分けという概念を認識するようになりました。病院設計の基本が変わっていくきっかけになるでしょうね。

ICT化よりも人のやることを短縮化することで実現する「働き方改革」

今村 たとえばICTで省力化を考えるよりも、シンプルに人のやることの短縮を図った方が効率的ではないかと考えています。実は次の厨房改修では人の手をできるだけ介さない機械化を進める予定です。ボタンを押せばすべてできるようなシステムですね。病棟で最も問題なのは患者さんに対する時間よりもそれらを記録する項目と、それにかかる時間の多さです。保険点数をカウントするためには記録が必要なのはわかるのですが、記録をとることに割く時間が多すぎる。本当にこれでいいのかという疑問があります。これこそICTで何とかできないかと思うのですが。

空調機器の更新をきっかけにスタートした病棟の長寿命化改修工事によって、飯田市立病院は次世代に通用するスペックを完備しました。

建築概要

竣工年月 2021年3月(改修)
所在地 長野県
施主 飯田市立病院
設計 飯田市立病院 庶務課(飯田市役所地域計画課)
延床面積 3万6376㎡
病床数 407床

研究誌
癒しのトイレ
VOL.20

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